第二十九回(2020/11) 「ど」付き関西弁の面白さ その2

 辞書によれば、接頭語の「ど」は近世以降、関西を中心に使われてきた。主な意味は二つある。一つ目は前述した強調である。代表例は「ど真ん中」「ど根性」「どえらい」などだ。二つ目はののしり(罵り)である。「ど派手」「ど畜生」「ど助平」などだ。そして大半はこの二つが混じりあっている。「どケチ」」「どあほ」「どしゃべり」などになるという。

 さらに『罵詈雑言辞典』である。1200項目にも及ぶののしり言葉を集めて、その語源や用法を解説した本だ。「誰を」あるいは「何を」罵るかに重点を置き、江戸から平成までの日本文学における用例を紹介する。肝心の「ど」については、単独の項目を設けて次のようにほめたたえている。「関東弁にはこのような簡便な罵語用の接頭語はない。上方は罵語の先進国といえるだろう」と。

 ところで作家の田辺聖子は大阪弁の達人だった。その自伝『しんこ細工の猿や雉』に、こんなセリフが出てくるという。彼女は女学校を卒業して金物問屋に勤めた。そこの番頭さんが「うちのド嬶が下のガキ背たろうて」と言った。なんと、嬶(かか)にまで「ど」をつけているのだ。大阪の商人言葉の自由闊達さ、それの面目躍如だろうか。

 先の武庫川大学の調査では、嫌いな関西弁として、きつく聞こえたリ怖く感じたりする単語が上位を占めた。そもそも悪い意味を持つ言葉を下品に表現することによって、より品が悪く感じられるのか。好きな関西弁よりも、嫌いな関西弁の方が「異なり件数」(バリエーション)が多く、多彩な罵詈雑言の豊かさに興味は尽きない。

 こうした「ど」付き言語の世界は、ケンカ言葉が発達した関西の独壇場なのだろう。他方でそれは関西における言葉による表現の細やかさでもある。こうして、しゃべくり文化の幅の広さと奥の深さを示す、ユニークなののしり語が誕生した。もしかするとその背後には、相手に配慮するあの「関西マナー」が潜んでいるかもしれない。(この項目おわり)

参考文献  石毛直道ほか(2006)『勝手に関西世界遺産』朝日新聞社

      奥山益朗・編(2017)『罵詈雑言辞典・新装版』東京堂出版

      真田信治・監(2018)『関西弁事典』ひつじ書房