第五回(2018/11) 比叡山延暦寺

 京都を経由して、JR湖西線で滋賀に行って来ました。世界遺産の延暦寺に参詣するためです。比叡山坂本駅からは、日本一長いというケーブルカーに乗って、急峻な山道を登って行きます。「都の不二」と詠まれた秀麗な山容ですが、倒壊した古い大木など、今年の台風の爪痕も生々しく残っています。

 やがて穏やか琵琶湖のたたずまいが垣間見えてきます。比叡の中腹から見下ろす湖面は格別のおもむきでした。付近には『土佐日記』の歌人として有名な紀貫之のお墓があります。この美しい大湖に魅せられた貫之は、自分の遺骸をここに埋めてほしいと言い残して客死しました。その遺志を友人などが実現したわけです。さらにはかつて、織田信長による焼き討ちで犠牲になった比叡の人々を慰霊する地蔵群もありました。

 当日はあいにくの小雨模様で、到着した延暦寺は一面の霧でした。国宝の根本中堂も大改修工事のため囲われています。それでも、1200年もの荘厳な霊場です。圧倒的に空気感が異なりました。あまり知られていませんが、比叡山に延暦寺という名の堂塔があるわけではありません。比叡山そのものが延暦寺であり、山のすべてが僧伽を形成しているのです。

 延暦寺は伝教大師最澄が開いた天台宗の総本山です。しかし宗派や教理に自閉するのではなく、法華宗・禅宗など他の諸宗派を総合し、一切を包括するという懐の深さを持っています。会館の前では、一隅を照らす慈善運動のキャラクター「しょうぐうさん」が迎えてくれました。

 帰り道で、古い流行り唄のフレーズを思い出しました。学生時代に聞いた『比叡おろし』という和製フォークソングです。断片を口ずさみ下界に戻りました。