第二十回(2020/2) 万能語「おおきに」は消えるか

 最近、関西に住んでいるのを実感する出来事があった。勤務校に近い酒屋の帰りがけに、店番の和服女性が「おおきに」と言って送り出してくれたのだ。これこそ関西弁という、余韻を引き出すようなおもむきだった。ほんわかとしたこの言葉をナマで言われたのは、実は初めての経験だったかもしれない。

 諸説あるようだが、語源は「大きに有り難し」らしい。もとは「大きに」と書き、「ありがとう」を強める言葉だった。正式には「大いにありがとうございます」となるのだろう。英語ならばThank you very muchである。このThank youを省略して、単にvery muchだけで会話を済ませているわけだ。

 国語辞典の記述では、副詞として「大いに」や「なるほど」の意味のほか、感嘆詞として(関西を中心に)感謝やお礼を表すとされる。つまり、なにわのあきんどは「おおきに」という副詞に、感嘆詞的な意味合いを付け加えたのだろう。それによってお客との距離を縮めて、ものごとを円滑に進めようとする商人マジックである。さすがに商都・大阪だ。

 大阪弁の「おおきに」は「お」を強調するが、京都弁ではアクセントが「き」になるようだ。ちなみに、はんなりの京都では、全く逆に「お断りします」と全面拒否の意思を示す場合さえあるとか。北前船が寄港した秋田にも、同じく「おぎに」という方言があるらしい。島根の出雲地方では「だんだん」(重ね重ね)という。

 2年近く関西を行き来しているが、このフレーズには出会わなかった。学生たちはゼミの打ち上げなど打ち解けた場でも使わない。近頃の関西人は普段は「ありがとう」と言うようだ。関東弁での「り」にアクセントではなく、「と」を強調した発音である。対人関係に潤滑油を注ぐ万能語の「おおきに」が消えつつあるのは淋しい。